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『EIGHTH』|所長の言葉と、受け継がれていくもの

『EIGHTH』を読み終えて、いちばん強く残ったのは所長の言葉でした。

主人公のナオヤは、エイス研究所のセキュリティーガード。

遺伝子工学をめぐる事件の中でセルシアと出会い、研究者や企業、いろいろな事情を抱えた人たちと関わっていく。

科学やアクションもおもしろい。

でも私は、人が誰かに助けられて、その人がまた次の誰かへ何かを渡していく流れに惹かれました。

※この先、物語後半の内容に触れます。

ナオヤもセルシアも、出会った人の影響を受けていく

最初のナオヤは、研究の世界について知らないことが多い。

セルシアも、自分の人生を最初から自由に選べていたわけではない。

そんな二人が人と出会い、影響を受けて、少しずつ自分の進む方向を決めていく。

この途中にいる感じが好きです。

事件の合間の日常もよかった。

ナオヤの部屋に人が集まって、いわゆる「子供部屋」みたいになっていく。

大きな事件がなくても、この人たちが普通に一緒にいるところをもっと見たいと思えた。

一度出てきた人の人生が、その後も続いている

サブキャラクターが一度きりで終わらないのも好きでした。

前に出会った人が、後になってまた出てくる。

その間にも、その人なりに時間が流れている。

前に関わった出来事が、その後の人生にも残っている。

「あ、この人もちゃんとここまで来たんだな」と思えるんですよね。

作品の世界が、主人公のいないところでも続いている感じがする。

「そこまでいったらオレは完済だ」

人一人を救うには、お金も労力もかかる。

そこで所長は、救われた本人がその分を直接返す必要はないと考える。

助けられた人が、今度は別の誰かを助ける。

その人が、また次の誰かを引き上げる。

そうやって続いていけば、「そこまでいったらオレは完済だ」と言う。

これ、めちゃくちゃ格好いいんですよね。

自分に返ってこなくていい。

自分が渡したものが、その先へ流れていけばいい。

この考え方がずっと残っています。

『EIGHTH』の大人たちは、若い人の代わりに全部やってしまう人たちでもない。

必要なところでは手を出す。

でも、その先は本人に任せる。

普段は冗談も言うし、若い人に振り回される。それでも、本当に必要な場面では大人として立つ。

こういう人が出てくる漫画、好きなんですよね。

物語が終わったときは、もっと普通の日々を見たかったとも思いました。

子供部屋のみんなが騒いでいるところ。

前に出会った人がまた顔を出すところ。

ナオヤやセルシアが、少しずつ先へ進んでいくところ。

所長の「完済」は、私の中ではその全部につながっています。

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